マーケティング・リサーチ業界においては、「喫煙率と健康」という古典的な笑い話があります。あるリサーチャーが、喫煙率の高い対象者の方に「健康状態がよい」の回答比率が高かったという調査結果を受けて、「喫煙は健康によい」という結論を導き出してしまったという話です。健康だから煙草を吸える、という実態を完全に見落としていたのです。
この例に限らず、リサーチャーが調査結果を鵜呑みにしてしまう場合は多々発生します。卑近な例は、家電製品の開発です。
アンケートにおいて「欲しい機能」の一覧を作成し、yesかnoで対象者に回答してもらうとします。調査対象者としては、その機能が「ない」より「ある」方がいいわけで、当然yesの比率は高くなります。そして、その調査結果をベースに製品開発したとすれば、様々な機能が幾何級数的に付加されていきます。しかし、現実には、市場からは「機能が複雑で使いづらい」、「要らない機能が多過ぎる」という反応が返ってきます。また、ある住宅メーカーの役員は、消費者のいうことを聞いて住宅をつくると、消費者も作り手も到底納得できない厚化粧の家が出来てしまう、といっています。つまり、
「消費者側(アンケートに回答する側)は、アンケートの質問に対する回答に基づいた製品が最終的にどのようになるのか
という具体的な商品イメージを持てないのです。従って、アンケートの設問設計に腐心しなければならないのです。
さらに失敗事例を紹介します。
パッケージテストにおいて、デザインAは3%が「非常によい」、47%が「よい」、デザインBは15%が「非常によい」、20%が「よい」と評価されたとしましょう。経験の浅いリサーチャーは、positive比率の高いデザインAを選択しがちですが、実際市場に投入した場合、デザインBの方が人気を博する場合が往々にしてある。つまり、たいていの場合、
強烈に支持する層が多い方が「商品力がある」
といってよいでしょう。
笑い話の例にしても、調査結果の活用失敗事例にしても、リサーチャーの経験の浅さや能力の問題であることはいうまでもありませんが、リサーチから得られたデータの解釈というものは、読書と同じようなもので、調査手法が多様化したとしても(インターネットリサーチの利用など)、データの意味を深く読み取る技術と洞察力が必要なのです。そういうベースがなければ、リサーチャーとして消費者ニーズ主導型マーケティングはおろか消費者提案型マーケティングを語ることは出来ないと考えております。