顧客視点のマーケティング戦略

1.顧客視点と顧客の声は違う
「マーケティング戦略」という言葉は、ビジネスの世界では頻繁に耳にする言葉で、「マーケティング戦略を立案し、実行に移し、その結果を検証する」ということは、企業の浮沈を左右する最重要課題の1つです。しかし、まず、「マーケティング」とは何か、ということを定義しなければなりません。ここでは、「マーケティングとは、顧客のニーズを知り、それらに対応する企業活動」ということに致します。マーケティングの定義は、時代、研究者、各種機関によっても変わりますので、最もシンプルな言葉で表現した方がよいと考えられます。従って、「マーケティング戦略」とは、マーケティングを進めるにあたっての具体的かつ実践的な手法ということになります。さらに平易にいえば、「顧客のことを知ったうえで、顧客に商品やサービスを買って頂いて、企業の利益を得るための手法」ということになります。

「顧客のことを知る」ために、企業は、購入者調査、ニーズ調査などの定量調査やグループインタビューなどの定性調査を実施し、「顧客の声に耳を傾けること」をマーケティング戦略立案のベースにしてきました。
しかし、その結果、顧客の声を反映し過ぎた商品・サービスの開発を行ってしまう傾向にありました。例えば、「ガラケー」と呼ばれる携帯電話を作ってしまうようなケースが往々にしてありました。家電製品全般においても同様のことが発生していました。何故こういった現象が発生するのかというと、顧客は最終的な商品のイメージを持たずに顕在ニーズをマーケティング調査で回答してしまい、また、商品・サービスを開発する側も顧客の顕在ニーズを取り入れて、機能などを追加していき、結局、使いづらい製品を作ってしまったからでした。つまり「顧客の声重視戦略」(顕在ニーズ吸収型戦略)が判断ミスを招いたといえるでしょう。しかし、商品・サービス開発側が顧客視点に立てば、このような事態にはならなかったと想定されます。

「顧客視点」とは、簡潔にいえば、「顧客の立場に立った商品・サービスの開発」のことですが、再び携帯電話の開発を例にとると、「携帯電話に付加する機能は、ニーズ調査で把握したが、顕在ニーズを反映した製品は使いづらい。では、どういう製品を作ればよいのか?」というストーリーになるということです。こういうストーリーに基づいて、アップル社は、顧客の顕在ニーズに応えつつ潜在ニーズをも把握して、OSで作動するスマートフォンを開発し、提案型マーケティング戦略を実践したといえます。

2.マーケティング4Cとは
マーケティングの世界では、商品・サービスの開発側(提供者)視点から顧客視点のマーケティングに移行しつつありますが、そういう時流に連動して、「マーケティング4C」という顧客視点のマーケティング課題解決の枠組みが生まれました。1990年にロバート・ラウターボーンが提唱したものですが、以下の通りです。

・Customer Value :顧客にとっての価値
・Cost :顧客にとっての経費
・Convenience :顧客にとっての利便性
・Communication :顧客とのコミュニケーション

この顧客視点の枠組みは、「価値」が重視されるようになった顧客意識の変化を如実に表しています。また、顧客と商品・サービスの開発側の乖離は生じにくくします。従来の商品・サービスの開発側視点だった「4P」とは異なります。「4P」とは以下の通りです。

・Product :売る製品
・Price :売る時の価格
・Place :売る時の流通チャネル
・Promotion :売る時の販促

「4C」と「4P」は、マーケティング戦略の大きな枠組みにおいては、ほぼ同じですが、視点が、「顧客視点」と「商品・サービスの開発側視点」というふうに180°異なるものです。

3.顧客視点がマーケティングでなぜ大切なのか
「1.顧客視点と顧客の声は違う」「2.マーケティング4Cとは」でも少し触れていますが、マーケティングリサーチにおける課題のいくつかを以下にまとめました。

(1) マーケティングリサーチで捉えたと考えていた顧客の回答と実際の購入行動は異なる場合があります。

事例:アンケートでは「赤い車を買いたい」と答えていたにもかかわらず、実際は、シルバーグレーの車を買ったというケースがあります。その理由は「実際に赤い車に乗ると、派手で恥ずかしいから」で、顧客は願望を回答する場合があるからです。

(2)顧客は、ニーズを反映した最終商品をイメージできません。

事例:ある住宅メーカーの幹部は「顧客のいうことを聞いて住宅をつくると、顧客もメーカー側もどちも納得がいかないゴテゴテした家になる」と語っています。顧客は、あれも欲しい、これも欲しい、という希望を答えて、家の完成イメージを描くことが出来ないのです。

(3)顧客は、アンケートなどで、実際にないものについては、ほとんど何も答えられません。

事例: 「どのような新しい雑誌を読みたいですか?」という質問をしても、顧客のほとんどは「わからない」と答えます。しかし、実際に今までになかった雑誌を制作して販売してみると、「このような雑誌が読みたかった」という反応になります。

(4)顧客は、選択肢が設定されたアンケートでは、顧客自身の潜在ニーズを言葉にすることが出来ません。

事例:実際にプリコード式インタビューを行うと、対象者が「これかなあ」とやや困惑気味に回答する場合があります。「選択肢に近いけれど、ちょっと違うな。うまくいえないなあ」という心理状態のように推測されます。フィールドワークに出て、実際に対象者にインタビューすると、しばしば体験することです。

(5)商品・サービスの開発側の視点に立てば、顧客との乖離が生じやすくなります。

事例:オフロード車として市場に投入した車が都心部の若年層に人気を博し、都心部でよく乗られていた、というケースがありました。開発者側が想定していたオフロード乗車シーンと違ったとわけですが、開発側の視点を払拭し切れていなかった、という要因もあったと推測されます。

以上のような事例に共通していえることは、顧客の購買行動・心理を十分に把握して切れていない、潜在ニーズを捉えていない、ということですが、顧客視点に立つことで、事例のようなケースはかなりの部分で解消できます。しかし、アンケートやグループインタビューによって顧客の潜在ニーズを捉えることには、限界があるということも認識しておくべきでしょう。

4.顧客視点の持ち方
顧客視点を持つことで、マーケティング戦略の成功率も高くなりますが、従来のマーケティングリサーチの手法にも限界があるため、「行動観察調査」という新たな手法を導入する企業が増え始めました。「行動観察調査」とは、商品が売られている、あるいは、サービスが提供されている現場において、顧客の行動を観察することによって潜在ニーズを読み取る、という手法ですが、マーケティングの最前線は現場である、という考えに基づいています。いい換えれば、徹底した顧客視点の現場主義だともいえます。
商品が売られている、あるいは、サービスが提供されている現場を企業のトップ自ら観察して、マーケティング上の問題点を発見して解決し、業績を回復した、という事例は多々あります。マーケティングリサーチャーにとっては、データでは読み取れなかった顧客の行動の背景にある事情、潜在ニーズなどが、現場での行動観察によって、明らかになる場合が多くあります。机上でマーケティングリサーチの結果を分析するだけではなく、現場で顧客の行動を観察することは顧客視点を持ち、かつ、維持することにもなるのです。現場は顧客に関する情報の宝庫なのです。また、企業トップの現場重視は、インナーブランディングにもつながります。

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