陸奥の名のさまざま
司馬遼太郎氏
~北のまほろば 街道をゆく41 2008年1月30日第15刷 朝日出版社刊より転載 ~
この春、作家の八木義徳氏と、ある場でたまたま出あった。八木さんはいうまでもなく、私どもの分野の耆宿(きしゅく)というべき作家である。
昭和19年(1944)、旧満洲の奉天の苦力(クーリー)の生活を描いた『劉広福』で芥川賞をもらった。その後、『風祭』『遠い地平』など、自伝的で求道性の高い作品を世に送り出している。
私にとって、初対面だった。八木さんは、不意に、「あなたは、むかしから東北地方に格別な思い入れがありますね」といってくれたことに、予期せぬ知己の情をおぼえた。横にいた青森県八戸出身の三浦哲郎氏が、無言ながらうなずく気配があった。このこともうれしかった。両氏とも、その理由はなにかとは、質問されなかった。理由など、私自身にもよくわからないし、第一作家にとって-この場合、八木さんと三浦さんだが-好き嫌いの理由など信じないところから感覚が出発している。